2. 紀行
今回の旅は、よくキャンプにいく仲間と3人で挑む。
皆のキャンプ道具が重いということもあって、普段は私が各自の家までわざわざ車で迎えにいくのだが、今回は持って行くものが少ないということで、高田馬場駅集合。
集合時間を8時半に設定したが、集まったのは8時45分。
15分ならばまあ許容範囲。彼らと行動するときはそれくらい時間感覚を鈍らせておくのがちょうどよい。
目白通りから関越自動車道に入り、本日の目的地である赤城大沼を目指す。
赤城大沼は高速から下りて車で1時間ほどにある場所で、アクセスしやすい場所にある。
ドライバーが私一人である状況からして、行く道が楽であることはこの上なく重要なことなのだ。
いつもの他愛のない会話をしながら、途中、高坂SAで休憩を挟んだりするうちに、順調に目的地へと近づいていく。
高田馬場を出発して1時間半くらいしたところで、関越自動車道を駒寄スマートICで下りる。
山に登る前に、この前橋の市街地で所用を済ませる必要がある。それが、ここタイヤ市場前橋荒牧店。
「なぜ旅の道中にタイヤ屋さんによるのか」と思われるかもしれないが、ここにはタイヤをスタットレスタイヤに履き替えるために訪れた。
赤城山付近はふもとからは想像できないほどに積雪しているため、ノーマルタイヤはもってのほか。
ただ、普段こうした積雪エリアに行くことがない私はスタットレスタイヤを自前で用意しておらず、スタットレスタイヤをレンタルすることにした。
痒い所に手が届くサービスとはまさにこのこと、と一人感動しながらタイヤ市場でタイヤをレンタルをするための手続きを進めた。
だいたい60分くらいで作業が終わるとのことで、車を預けている間に東京で用意できなかった雪用シューズを購入するために、近くのホームセンターを巡った。
幸い、タイヤ市場から徒歩圏内にショッピングモールや靴屋が集中しており、苦労せず目的の品を購入することができた。
予定より20分も早くタイヤの履き替えが完了したと電話が入ってきたので、お色直しをした車を受け取りに戻った。
これで安心して赤城山を登れる。
ふもとの街から赤城山へと伸びる県道4号線を30分くらいも走ると、はじめは雪の気配が一切なかった道もご覧の通り。
これはスタットレスを履いていないと危ない。
なんとかスリップせずに大沼まで登りきると、まずは本日宿泊する青木旅館に車を停めて荷物を預けた。
次の予定はワカサギ釣りだが、この青木旅館で受付をすれば、ワカサギ釣りの装備一式を借りて釣りを楽しむことができる。
重い戸を開き宿に入ると、女将さんに受付と食堂と両方の役割を果たしているであろう場所に案内され、宿帳に名前を記入するように促された。
そこは石油ストーブの、あの小学校の懐かしい匂いが漂っており、端っこに90歳くらいだろうか、女将さんの母親と思しき方が椅子に座りながら私たちを優しく出迎えてくれた。
宿帳に名前を書き、少し手持ち無沙汰にしていると、女将さんが今度はワカサギ釣りのレクチャー動画を観るようにと言った。
別にそんなの観なくても餌付けて糸垂らすだけだろう、と思っていた私にとっては動画の視聴は無駄な時間だと思っていたが、観てみると餌の仕掛け方など意外と複雑で、いっぺんに頭に叩き込むのは難しいと思ってしまった。
ただ、私たちが観た動画はこの宿のスタッフが撮影・編集したもので、しかもYoutubeにもアップされているということで、氷上でも自分のスマホで確認できるらしい。
それなら安心だ、と安堵しながら、とりあえずDVDを視聴し、氷上にいざ出陣することとなった。
湖は一面氷が張っているため水中を伺うことができず、どこにワカサギが集まっているのかさっぱりである。
玄人は魚群探知機を駆使して釣り場所を選定するようだが、当然私たちにそのような装備はない。
私たちは宿の女将に勧められたとおり、人が集まっている所で釣ることにした。
人が集まっている、おそらくワカサギがいるであろうスポットと思しき場所まで、借りたテントを氷上を滑らせながら運ぶ。
ところどころに既に釣りを終えたであろう穴があったが、せっかくということで私たちは自前の穴を掘ることにした。
これが思った以上に重労働。
はじめは調子に乗って掘っていたのだが…。
20cm削ってもまだ氷を貫けない。
やっとの思いで穴を開けたと思っても、まだあと二つ穴を開ける必要がある。途方にくれる。
ただ大変なのは穴あけだけではない。
餌付けだ。
餌付けは、長い糸に複数個付いている針金に、自分で切った芋虫をつけていくのだが、これが本当に難しい。
芋虫が想像以上にぶよぶよで、針が通らないのだ。
おまけに寒さも相まって、震える手で小さな芋虫を針にかける作業は本当にキツイ。
やっとの思いで全ての針に餌を付けおわり、ようやくワカサギ釣りの準備が整った。
この”かたつむりテント”と呼ばれるテントの中で、風をしのぎながら釣りに集中。
穴に糸を垂らして、待つ。
ひたすら待つ。
…待つ。
釣れん!
1時間くらい経ったけれども一向に釣れる気配がしない。
他の二人も同様に釣れていない。
ああ、これはもう釣れないやつだ、と悟ったのが15時。
1時間半にして私たちは辞めるという、覚悟を決めた。
実のところ、15時までしかここ大沼ではワカサギ釣りが許されておらず、宿の人が撤収するようにと告げてきたのだ。
そそくさと荷物をまとめ、来た時と全く同じ荷物量で湖畔に戻る。
寂しい背中である。
借りたワカサギ釣りセットを返却しに受付に戻ると、我々が一匹も釣れなかったことなど分かり切っているというのか、女将さんが釣果を聞いてくることはなかった。
受付に戻って少しして、今度は女将さんが今日泊まる部屋まで案内してくれた。
外装もそうだったが、中も趣ある建物でタイムスリップしたような高揚感を味わえる。
廊下に階段、どこを切り取っても画になる。
泊まる部屋はこんな感じ。修学旅行感があるシンプルな一室だ。
部屋の窓からは湖が一望できるとのことだが、窓を開けてみるとただ一面に雪景色が広がっているだけ。
これはこれで乙かもしれない。
荷物を置いてすぐに、年甲斐もなく外で雪遊びをしたり、部屋で昼寝をしたりして自由気ままに夕食までの時間を過ごした。
実は昼ご飯を食べていない私たちは、この夕飯の時を待ちわびていた。
食堂に向かうと、私たち以外に人の気配がなかったこの宿に、他に二組の客がいることが分かった。
一組は我々と同じ20代くらいの男性グループ、もう一組は初老の夫婦とその父親の3人グループ。
聞き耳を立てていたわけではなかったが、他のグループもワカサギが一匹も釣れなかったとボヤいていた。
女将さんに夕食を初めて欲しいと伝えると、鍋物に火を入れてくれ、夕食がスタートした。
質、量ともに満足なものだった。
群馬名物のこんにゃくに、縁がないと思っていたワカサギの天ぷら、次から次へとおかずが運ばれてきて、最後の方はもうギブアップしそうになった。
夕食のあとは、決して大きいと言えない定員3人の、だけどこれまた趣のある浴場で風呂に入り、売店でアイスを買ってゲームをする。
明日もワカサギ釣りをするかと、一瞬仲間内で話題になったが、もうワカサギはお腹いっぱいということで辞めることに。
もし釣りに行く場合は、朝一6時くらいから氷上に繰り出さなくていけないが、そうではなくなったので夜更かししても問題ないだろう。
普段オンラインでやっていることを久しぶりにオフラインでできたことに、些細な喜びを感じながら夜を過ごした。