目次
【情報の時点】この記事の情報は2026年11月時点で確認できた内容です。運航ダイヤ・運賃・営業時間・休業日などは変わることがあるため、お出かけ前に各公式サイトで最新の情報をご確認ください。
1.鵜島(今治市)(芸予諸島)の歩き方の目安
島の基本データ
- 面積:約0.76km²
- 最高地点:84m
- レンタサイクル:島の移動は徒歩が中心です
南北約1.5km、東西約0.8kmの小さな島で、徒歩で巡ります。
2.鵜島(今治市)(芸予諸島)とは
鵜島(うしま)は、瀬戸内海のほぼ中央、大島と伯方島の間の宮窪瀬戸にある小島で、芸予諸島の一部をなし、愛媛県今治市に属します。南北約1.5km、東西約0.8km、面積は約0.76km²で、周囲は、集落のある地域を除いて崖です。島の中心は、標高84mの小高い山で、付近は潮の流れが速く、渦潮も見られます。
島の名は、足利義満が、一つがいの鵜を下賜し、海に放すと、鵜が繁殖したことから付けられたとされます。中世には、能島村上水軍の船隠し場や水飲み場が設けられ、代官所、奉行所、造船所まであったとされ、遺跡も残っています。島の南端には、城郭跡もあり、鵜島の西にある、能島とともに、史跡に指定されています。
水軍が去ったのち、江戸時代の初めに、佐島(弓削島の属島)から、農民が移り住みました。その後、今治藩に属し、織田信長の末孫といわれる、織田信義が、島を拝領し、代々、島の組頭を務めました。島内には、第4代の組頭、織田権四郎が1772年に建立した堂があります。近年は、島民が、村上水軍の歴史を示すために、手製の簡素な物見やぐらを、再現して建てています。
かつては、柑橘類とラッキョウの栽培が盛んで、明治から大正にかけては、造船所もありました。1960年の人口は206人でしたが、今の島民は23名です(2015年の国勢調査)。
3.鵜島(今治市)(芸予諸島)の見どころ
大島と伯方島の間の、潮の流れが速い瀬戸で、渦潮も見られます。
船隠し場や、代官所・奉行所・造船所の跡と、島の南端の城郭跡が残り、能島とともに、史跡に指定されています。
1772年に建立された、堂です。
村上水軍の歴史を示すために、島民が建てた、物見やぐらです。
4.鵜島(今治市)(芸予諸島)へのアクセス
鵜島へは、大島の宮窪や、伯方島との間を結ぶフェリーで渡ります。
- 宮窪(大島)⇔鵜島⇔伯方島:宮窪と伯方島の間のフェリーが、鵜島にも寄航します。
便数・運賃は、今治市の案内で確認してください。
参考今治市今治市5.鵜島(今治市)(芸予諸島)のおすすめ旅プラン
- 午前:大島の宮窪から、フェリーで鵜島(今治市)へ。
- 昼:宮窪瀬戸の渦潮へ。
- 午後:村上水軍の遺跡や織田権四郎の堂を巡る。
- 夕方:帰りの便(泊まる場合は宿)へ。最終便の時刻には余裕を持って。
※ダイヤ・運賃・営業時間は変わることがあります(2026年11月時点)。上のプランは目安なので、最新の時刻表で組み立ててください。
6.鵜島(今治市)(芸予諸島)の宿泊施設
鵜島(今治市)には、日帰りが中心です(宿泊は、大島・伯方島などに泊まります)の宿があります。島の宿は数が限られるので、泊まる場合は早めの予約をおすすめします。宿の一覧や空き状況は、観光協会や自治体の公式サイトで確認してください。
7.鵜島(今治市)(芸予諸島)のリンク集
参考今治市今治市 参考愛媛県愛媛県 参考Wikipedia「鵜島 (今治市)」Wikipedia※この記事の情報は2026年11月時点で確認できた内容です。参考:Wikipedia「鵜島 (今治市)」、各公式サイト。島の形のイラストは © OpenStreetMap contributors のデータをもとに作成しています。
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